「…良かった」
「うん?」
「大佐が笑ってくれて」
嬉しそうに口元を緩めながら、ハボックは手を伸ばしてくる。
不機嫌だったのは確かで、苦笑すれば濡れた指先が眉間を撫でる。
「ずっと皺が寄ってたから」
するりと頬を掠めて行った手を目で追えば淡いグリーンの湯が揺らいで、今更ながらに全裸と言う互いの現状を思い知る。
とたんに喉の奥が焼けるような渇きを覚えた。
背筋をゆっくりと這うような、ぞわりとした感覚。
そんなロイの心情などまるで気付かない様子で、ハボックはバスタブの外へと手を伸ばす。
「体、洗ってあげます」
「…自分でするからいい」
「したいんです。だめ?」
スポンジにシャボンの泡を立てながら、少し首を傾げて瞳を覗き込むようにハボックは言い、そんな風に下手に出られると弱いのだ。
戸惑うロイの右手を掬い上げて、手を包み込むようにして泡だらけにされる。
「…ハボック」
「ミントの香りってすっきりしますね。これ、中尉がくれたんです」
「中尉が?」
「風呂上がりがひんやりするらしいですよ」
言いながらするすると登ってくるスポンジに洗われていく。絶妙な力加減は心地よく、あっという間に首まで泡だらけになって、上を向いてと言う声にうっとりとしながら上を向いた。
「あんたは日に焼けないですね」
「そう言うお前は、随分焼けた、な…っ」
スポンジを持つ手とは別の手で泡を塗り広げるように撫でられ、ぬるりと滑る感触に息が乱れる。
うなじから髪に差し込まれた指が今度は背骨に沿って撫で下ろして、そのまま湯の中へ潜り込む。
「ハボック!」
「嫌ですか?」
上げていた手をバシャッと下ろせば水飛沫が飛んで、男の目元から顎へと伝わった。
それがまるで汗のようで、脳裡に映るのはまさに汗をかく状況の彼と自分だ。
「暑くないでしょ?」
「暑くはない、な」
「嫌ですか?」
「嫌と言うよりむしろ、」
お前が欲しい、同じ言葉を繰り返し訊いた彼に素直に欲望を伝えてやれば、引き寄せられてロイの唇をハボックが塞いだ。
柔らかく唇を合わせて食むように何度も啄むキスは情欲を煽る物でしかない。
唇を離し、互いの瞳を覗き込むように見詰めあって、くすくすと笑って。
再び合わせた唇はうっすらミントの香りがした。
深く潜り込んできた舌に自分の舌を重ねて、苦いはずのそれが甘く感じるなんて自分の思考はどうなっているのかと思う頃には、既に息が上がっている。
溺れるような感覚にハボックの首に縋って、途切れがちになる呼吸はまるで水の中を泳ぐようだ。
「…っ、ハボ、ク…っ」
「…久しぶりだから。止まんないかも」
首に縋り付くロイの背をバスタブに凭れかけさせて、首筋をついと撫でた指先が湯の中へ消える。
淡いグリーンだったはずの湯はロイの体やスポンジから流れ出した泡で一面に白くなっていた。
水面下が見えない事に安堵するのは、僅かに照れがあるからかもしれない。
いつの間にか彼の大腿を跨ぐ形で脚を開かされていた。
キスだけで気分は酷く高揚してしまい、泡が無ければこの体勢では、緩く兆した下肢が彼の目に晒されてしまう。
「…っ、あ…」
「勃ってる」
焦れったいほどゆっくりと躯を降りて行った指先が、根元の際をなぞって先端までぞろりと撫で上げる。そのまま握り込まれて目を逸らせば、そんな顔しないでと利き手を取られて。
「俺も、同じだから」
掌に押し付けられる硬い感触、はにかむようにハボックは笑い、触って?と年下の特権で甘えてくる。
「…お前、何でこんなに元気なんだ」
「そりゃ、あんたの裸見たらムラムラしますもん」
「…ばか」
手首を反すように、ゆるりと撫で上げ手の中で転がされる。
魚のように跳ね上がる欲を湯の中で遊ばせて、時おり引っ掛かる違和感が快感に変わるのは呆気ない程すぐの事で。
息を吐いて同じ手管を返せば、ハボックは目を細めて水気の多いキスを顔中に浴びせてくる。
目を閉じれば浮游感が増して、ゆらゆらと揺らぐ感覚に酔わされていく。
「…っあ、ん…」
「柔らかくなってる」
ロイの奥まった場所へとハボックの指が伸びる。
思わず洩れた声が反響して、甘える響きに聞こえたのが堪らなく恥ずかしい。
ゆるりと周囲を撫でられれば躯は勝手に力を抜いて、僅かな苦痛を伴って快感を紡ぐ彼の指を欲するように喘ぐ。
「…大、佐」
「…うん?」
閉じていた目を開ければやけに男臭いハボックの顔があった。
ぞくりと滑り落ちるのは性感で、身の裡に潜む餓えを自覚させられる。
坂を転がり落ちるみたいに一気に欲情するのが分かった。
こんな欠乏症のような状態でよくもあんなつれない態度を取れたものだ。
「無理そうだったら、止めて」
余裕ないんで、押し付けるように潜り込んでくる指先は好ましい強引さで、ロイの口元に笑みが浮かぶ。
「…だ、れが止めるか、馬鹿…っ」
余裕の無い性急さも好きなのだとハボックは知っているはずだった。
それを敢えて伝えてやれば、男は温く笑いながら一気に指を奥まで侵入てくる。
内側から抉じ開けるように。焦らさず快感をくれる指は、ロイの躯を本人よりもよく知っていて、あっという間に上り詰めて欲望を丸裸にされる。
「ぁ、はっ、あ、あ…っ、ん……!」
前からと後ろからと同時に快感を与えられれば為す術もなく、頭をバスタブに擦りつけるよう仰け反って、突き抜ける快感に溺れるのみだ。
力の抜ける指先が彼の欲から滑り落ちて、湯の中に沈み込みそうな躯を後ろ手に支えて。
太股を押し上げられて脚を開き、片足をバスタブの縁に引っ掛ければ、身の裡に潜り込んだ指が増やされる。
「ふ、ぁ、あっあ…!ぁア…!」
「たい、さ…」
自分の声とは思いたくない甲高い甘えた声がバスルームに反響する。
湯温よりも体温の方が高く、躯の芯は燃えるように熱いのに、ミントの効能か肌の表面だけが冷えていく。肌の上を滑る手が誰か知らないそれのようで、どこか後ろめたい感情に煽られる。
「も、いい、スか…?」
「ぅあ、ん……!」
ぐり、と。内壁を抉るように引き抜かれて火花が散った。
腰を引き寄せられてハボックの脚の上に乗り上がり、頭をバスタブに預けた不安定な躯を支える手はやや乱暴に。
滑りの悪さを補う程に躯が融けているとは到底思えず、けれど、彼と繋がりたいと躯は熱を上げて。
「力を抜いてて」
「…う…ん…」
ひたりと当てられた熱塊の熱さに、身の裡から痙攣が走る。
あれほど暑いと言っていたのに、自ら熱を求めるなんて可笑しな話だ。そうは思うものの、躯の内側から燃えるような焔は彼の熱でなくては治まらない。
薄い皮膚を拡げるようにハボックの張り詰めた熱で割り開かれ、じくじくと躯の奥が疼く。
少しずつ挿入ってくる楔はぴりりとした痛みを伴って、けれども馴染んでしまえば痛みを塗り替える甘さで翻弄される事が分かっていて。
「・・・っ、う・・ぁ・・・っ・・」
「キツい?」
「・・・いや・・早く・・・」
早く、繋がってしまいたい。
腰を浮かせて手を突っぱねて、彼の侵蝕を助けるように。水中では抵抗が強く、一旦引いた腰を押し付けるようにハボックは入り込む。何度か繰り返しながら全てを収めて、内側から拡げるように腰を回して。
「す、ません…すぐ達っちまいそう…」
あんたン中、良すぎて、眉をしかめて耐えるようにハボックは言い、その表情にどうしようもなく切なさが募る。
「・・・い、から、動いてくれ・・・」
誘うように腰を揺らし、内壁に当たる感覚に息が乱れる。
繋がっているだけで酷く感じて、いっそこのまま一気に高みへと連れ去って欲しい。
ロイの躯が馴染んだのを感じ取るとハボックは腰を引き、そのまま奥まで押し込んで来る。
そこから先はもう、互いに止めようがないし、止めたくはないのだ。
「・・・ぁ、あ、あっ・・そこ、イ・・・・・!」
「・・・ここが、いいの・・・?」
「んっ・・・んン・・・!あっ、は・・・!」
躯を揺するたびに水も揺れて、次第に大きくなる波に攫われる。
波のリズムとシンクロするゆったりとした動きは、激しくはないのに深い快感がある。
平衡感覚がおかしくなるほど揺さぶられ、掬い上げる様に絡んで来た腕にすがって。
二人同時に快感を追って、互いの躯を使って上り詰めるのはもはや本能でしかない。
「ぁああっ・・・!ア!だ・・め、や・・!も・・、ハボ・・・・・!」
「・・っ、イきそ、っスか・・っ?」
「あっあっア・・・・・!いい・・イく・・・!ぁっ、ア―――・・・!」
肌を触れ合わせて求められる事が気持ちいい。
躯だけでなく心も満たされて、達きたがる躯を繋ぎ止めるのはひたすらに甘い苦痛でしかない。
限界ぎりぎりの所で留まっていたいけれど、内側に溜まった熱を放出してしまいたい。
両天秤にかけた欲望は安易な方へと傾いて、目を閉じればパチパチと火花が散る。
「・・っ、も・・イく、ぅ・・ぁ、あっあああ!あ、ア―――っ・・・・!」
「・・った、いさ・・・っ!」
強く押し込まれた熱に抉られて、意識が瓦解する。
硬直するロイの躯に引き摺られるようにハボックも熱を放って、抱き合ったまま動きが止まる。
大きく揺れていた波がさざ波に変わるまでそうして抱き合ったまま、二人はミントの香りのする唇を柔らかく合わせた。
バスルームでの残滓をシャワーで流してバスから上がった躯は、心地良い倦怠感があった。
風呂上りだと言うのに肌の表面から冷えて、蒸し暑い夜なのに肌寒ささえ感じるのは、ミントの入浴剤が入った低い湯温のバスに長く浸ったからだろう。
体は冷えて、それに加えて心地良い疲れがあって、このまま目を閉じれば深い眠りに落ちて行くに違いない、そう思うのに、躯の内側にはまだ燻るような熱がある。
何をするにも面倒で、全てをハボックに任していたロイのパジャマの釦を留める男を眺めながら、ロイは溜息をついた。まさかこのまま眠るのが惜しいなんて。
「…ハボック」
「はい?どうかしましたか?」
「体が冷えた。温めろ」
言えば男の指が止まり、一瞬素に戻った表情が見る見るうちに緩んで脂下がる。
「ベッドで?」
「…ベッドで」
掻っ攫う勢いで手を引かれ寝室へと向かいながら、やはり自分はこの男に甘い、とロイは思った。
そうでも思わなければ、この胸の甘ったるさを消化できない。
そして。
あのバスキューブ、どこで買ったんですか?とホークアイに訊くハボックの姿が東方司令部で目撃されるのは、休日が開けた朝の事になる。